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真珠

平成13年度認定 -認定第1号-
三重ブランドには自然を生かす技術が脈づいています

[平成20年2月5日認定更新]

真珠養殖 認定事業者 株式会社ミキモト 株式会社御木本真珠島

三重ブランドタグ表示

真珠イメージ

認定事業者

神明真珠養殖漁業協同組合 立神真珠養殖漁業協同組合 船越真珠養殖漁業協同組合
片田真珠養殖漁業協同組合 三重県真珠養殖漁業協同組合 越賀真珠漁業協同組合
株式会社ミキモト 株式会社御木本真珠島 三重外湾漁業協同組合
     

【認定事業者詳細一覧へ】

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真珠養殖

三重県における真珠養殖は、1893年(明治26年)に御木本幸吉翁[1858年〜1954年]が実験中のアコヤ貝より半円真珠5個を発見、アコヤ貝による養殖法を発明して以来、英虞湾を中心に発達し、発祥の地としての名声を高めてきました。現在、株式会社ミキモトをはじめ、7真珠養殖漁業協同組合、2漁業協同組合の真珠養殖免許取得者が、真珠養殖を行っています。
 真珠養殖はその過程に応じていくつかの条件の異なる漁場が必要となります。核入れ後、養生を行なったアコヤ貝が体内の真珠を育てる大事な養成期は、水温が13度以上でプランクトンが豊富であり、潮の流れがよく、しかも波が穏やかであることが必要です。またこの時期は、貝の表面に付着したフジツボなどを取り除く「貝そうじ」を頻繁に行う必要がある他、水温、赤潮などに細心の注意を払いながら管理しなければなりません。
 その養殖技術は全国的にも高く評価されており、全国真珠養殖品評会においてもほぼ毎年受賞するなど、品質の高さが認められています。平成23年の三重県の真珠生産量は4,341kgで全国シェア22.3%(全国第3位)を占めています。(漁業・養殖業生産統計より)

真珠養殖    真珠製品

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株式会社ミキモト

幸吉翁は、真珠養殖に成功して以来、1896年(明治29年)には半円真珠の特許権を得て、英虞湾の無人島・田徳島(多徳島)とその周辺の海を借り受け、本格的に真珠養殖業にのりだしました。
 1899年(明治32年)に現在の株式会社ミキモトの母体となる日本で初めての真珠専門店・御木本真珠店を東京・銀座に創設し、1905年(明治38年)には真円真珠の養殖にも成功、その後海外進出も開始し、ミキモトパールの名前が世界中に知られるようになりました。
 幸吉翁は、1949年(昭和24年)には真珠養殖・加工卸・輸出を事業目的とする御木本真珠株式会社を多徳に設立、同年、真珠の小売、装身具の製造・加工を事業目的とする株式会社御木本真珠店を銀座に設立しました。
 1972年(昭和47年)に株式会社御木本真珠店と有限会社御木本真珠会社が合併、株式会社ミキモトが設立されました。
 創業者である幸吉翁が世界で初めて真珠養殖に成功して100余年−。株式会社ミキモトは、日本の近代宝飾文化を築き上げ、今もなお業界をリードし続ける存在です。

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株式会社御木本真珠島

幸吉翁による世界初の養殖真珠誕生の舞台となったのが、当時は相島(おじま)と呼ばれていた現在の「ミキモト真珠島」(鳥羽市・株式会社御木本真珠島)です。
 昭和初期、欧米を視察し、民間外交の道を志した幸吉翁が「真珠ケ島」と名付けて1951年(昭和26年)に整備、開島し、英国エリザベス女王をはじめ、数々の賓客や観光客を迎えています。
 島内では、真珠の歴史と文化を紹介している真珠博物館をはじめ、幸吉翁の生涯がわかる御木本幸吉記念館、ショップとレストランを備えたパールプラザなどの施設や海女の潜水作業も見学できます。また、株式会社ミキモトのブランド真珠製品の販売をはじめ、ミキモト真珠島オリジナルの真珠製品の製造・販売も行っています。

 

真珠 三重ブランドタグ表示

 「三重ブランド」タグの装着で、三重県産を明確に表示
 伊勢・志摩産の品質の高い真珠のみを使用した商品に三重ブランドタグを装着し、産地や品質を明確に保証することで、消費者の方々に「安心」をお届けしようという取り組みを行っています。
 下の写真のタグは、三重県真珠養殖漁業協同組合の推薦事業者である大ハタパール工業で、実際に装着されているものです。
 
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